ヴィクトリア・マークス

Against Ending(2002), Choreograhy by Victoria Marks, Music composed by Amy Denio, Original lighting design by Carol MacDowell, featuring : Karen Schupp, Maria Gillespie, Stephanie Nugent. Glorya Kaufman Dance Theater in UCLA. October 22, 2005.

 わたしはダンスってほんとに暗い・・・。日本にいるときも、見に行くときは、理解できずにストレス溜める結果に終わるのを覚悟で見に行ってました。もっとも、その分、感動したときの喜びや印象がすごくココロに残るとも言えますが。でも今LAにいて、ストレートプレイ系よりもパフォーマンスや舞踊系のほうに目がいくのは、別にそっちのほうが見たくなってきたからじゃなくて、言葉が分からないからに尽きます。ただ、いまどきの舞台、言葉が分かったからって何がわかったんだろ?ってものが多いし、実際のところ、英語ができないって理由だけでジャンルをえり好みするのはまずいんだろうけど・・・。
 何はともあれそんなわけで、このヴィクトリア・マークスって人のこともぜんぜん知りませんでした。今日、縁あって彼女の振り付けのこの舞台を見ましたが、まあ、わりに集中して観ることができたのが意外でした。振り付けと音楽と照明とでもって、止めようもない強くて激しい流れと、その流れに逆らうためのさまざまの小さくて弱くてかつ互いに矛盾しあう力のせめぎ合いや、力の貸し合い、あるいは打ち消し合いや、歩み寄りなどなど・・・が表現されていたような気がします。ぐーっと引き込まれるような流れが表現されていたかと思うと、その流れを否定するような動きやリズムが挿入されたりして、その寄せては返す不規則な繰り返しのせいで、なんとなく、緊張感を強いられたかな・・・。次はどうなるんだろう、今のこの流れも、このままではいかないだろうな、何か起こるんだろうけどそれはどこでなんだろう、とかなんとか自問するように、だんだんと仕向けられていくつくり、とでもいうところでしょうか。
 もっとも、こういう観方になったのは、絶対、事前に作品のコンセプトに係る情報が頭に入っていたせいなんだろうけど。まず、タイトルは、直訳すると「終末に逆らって」って意味ですよね・・・? そして、幕が開く前にこのマークス本人が出てきて、2分くらい、振り付けのコンセプトについて説明がありました。それによると、2002年、アメリカによるイラク戦争開始が叫ばれる中で着想された振り付けだそうです。タイトルと、振付師自身によるとっても政治的かつ具体的な情報が流されたあとで舞台を見たせいで、振り付けに、物語を読み込み易かったのだと思います。でも、それって、作品としてはどうなんだろう? 最初からタネアカシがされている舞台には、やっぱり、「圧倒」はされないな・・・。いやもっとも、そもそもわたしの解釈が正しいかどうかわからないんだけど。それに、今回はそもそも、UCLAの中のWorld Arts and Cultures専攻が、改築した小屋(この小屋、さすがUCLA、立派です・・・明日書きます)のこけら落としとしての上演だったから、作品としてどうこうというよりは、こけら落としのイベントの一部としての完成度が求められた、という事情も勘案しないといけないだろし。
 あ、あと、作品の「物語」どうこうという問題以外のことをちょっとメモっておくと、ダンサーは三人のみ。三人の身長が微妙に違うことを、うまく振り付けに生かしていたのがちょっと面白かった。あと、一人一人の技量はすごく感じたですね・・・。「流れに逆らう」がコンセプトのためか、わざとムリムリな味付けで振り付けされていた(ようにわたしには思えた・・・)箇所がたまにあって(例えば怪我しないかしらとちょっとぎくっとするような、ひざで着地する技とか)、その「ぎくっ」とする感じも、演出効果として折り込み済みなのかもしれないなどとも考えました。
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by la37_losangeles | 2005-10-23 11:36 | パフォーミング・アーツ


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