カテゴリ:パフォーミング・アーツ( 21 )

シンクロもどき?

さっき、本田美奈子さん逝去の記事を書いた後、ふと思い立って、「本田美奈子」のキーワードでexciteのブログ内検索をしてみた。そして、ヒットしたブログたちの最初の10件の記事を読みに行ったところ、面白いことが。10件中7件ものブログで、わたしが自分のスキンとして使おうと思った3種類のうちの一つを、使っていたのでした。
なんとなく、シンクロ。人間、そうそう孤独でもないよね、などと、頭の中で楽しく飛躍する論理。
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by la37_losangeles | 2005-11-06 18:26 | パフォーミング・アーツ

お悔やみ

本田美奈子さんがなくなったというニュース、さっきネットで見ました。38歳・・・。なんって、若いんでしょうか!
わたしは大ファンと言うわけではなかったけれど、細い細い腰をくねらせながら、身体に似合わぬドスの効いた声で「マリリン」を歌っていた彼女が、ミュージカルへと方向転換したころから、ココロの底でだけですが応援していました。
不自然なほどに立ったあのキャラに、目のやり場に困ったアイドル時代。それでいて、最初から、彼女にはいわく言いがたい存在感を感じていました。あの荒削りの原石のような存在感と、放っておけない気持ちにさせる人間くささの微妙なバランスが、ミュージカルという新たな土俵で、周囲とどのように調和していくのか、そしてその調和の中から、どうやって新たな彼女らしさを生み出していくのか、わたしはひそかに楽しみにし、彼女の活躍をたまにニュース等で耳にしては、少し嬉しい気持ちになったり、どういうわけだか自分のことのように誇らしく思ったりしていました。バブルの時代に甘やかされて育ったわたしの世代が、90年代の大不況時代を迎えて、「使えない奴ら」のレッテルを貼られていく中、わたしは、ひたむきさ、果敢さ、危うさの混在したあの本田美奈子という歌手の中に、一条の光みたいなものを見出していたのかもしれないと、今になってつくづく振り返ります。
ほんとうに、残念です。残念でたまらない。どんなにか無念だったろうと思うと、心が痛みます。ほんの少しでも、納得して、腹を括って最期を迎えられたものと願いたいです。心から、ご冥福をお祈りします。
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by la37_losangeles | 2005-11-06 17:59 | パフォーミング・アーツ

WWEレポ その2

昨日に引き続き、WWEネタですみません。基本的に、その場にいなかった人にとっては多分ぜんぜん面白くない与太話です。しかも、プロレス音痴が書いていますので、訳分からんところが多々あるかと思います。それでもいいかという奇特な方は、Moreをクリックしてくださいまし。

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by la37_losangeles | 2005-11-05 01:48 | パフォーミング・アーツ

WWEレポ その1

e0079475_2113665.jpg 和泉某がもとWWEにいた××に勝ったとやらのニュースが、こちらにも届いておりまして、プロレスは日本でもいよいよホット?(←てゆーか……ねえ)そんなこんなで、わたしもついに、WWEデビューいたしました。10月30日のLA公演。もう4日も経っちゃったけど、なんか今日までバタバタと忙しかったので…。結論。けっこう面白かったです。この写真は、会場の全体図。すり鉢状の客席が、すごく国技館風。そういえば、国技館でもレスリングの試合やることあるんだよねきっと。なんにせよ、いろいろと書きたいこともあるんだけど、いかんせんとても長くなりそうなので、今日のところは、WWEって何だ?っていう基本的なところを押さえるにとどめます。試合の感想とかは、また明日書きますー☆
 以下、プロレスファンの方には、片腹痛しの記事内容と思いますんで、「その筋」の方におかれましては、ここはひとつ、温かい目で、スルーしてやってください。続きを読む方は、Moreをクリックしてください。

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by la37_losangeles | 2005-11-04 02:23 | パフォーミング・アーツ

WWE行ってきましたよ!

ついに、行ってきましたWWE!すごかった!面白かった!これまで馬鹿にして悪かった!けっこう健康的だった!人が多くてびっくりした!日本人レスラーでなくてちょっと残念だった!
 ・・・などなど、感想はたーっくさんあるのですが、今日と明日はちょっと詳しく書く時間がないので(涙)明後日にがっつり、書きます~ 
 ちなみに、月も改まったので、スキンの色をちょっと変えてみました。この青も、なかなか悪くないかな?
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by la37_losangeles | 2005-11-01 14:46 | パフォーミング・アーツ

ヴィクトリア・マークス

Against Ending(2002), Choreograhy by Victoria Marks, Music composed by Amy Denio, Original lighting design by Carol MacDowell, featuring : Karen Schupp, Maria Gillespie, Stephanie Nugent. Glorya Kaufman Dance Theater in UCLA. October 22, 2005.

 わたしはダンスってほんとに暗い・・・。日本にいるときも、見に行くときは、理解できずにストレス溜める結果に終わるのを覚悟で見に行ってました。もっとも、その分、感動したときの喜びや印象がすごくココロに残るとも言えますが。でも今LAにいて、ストレートプレイ系よりもパフォーマンスや舞踊系のほうに目がいくのは、別にそっちのほうが見たくなってきたからじゃなくて、言葉が分からないからに尽きます。ただ、いまどきの舞台、言葉が分かったからって何がわかったんだろ?ってものが多いし、実際のところ、英語ができないって理由だけでジャンルをえり好みするのはまずいんだろうけど・・・。
 何はともあれそんなわけで、このヴィクトリア・マークスって人のこともぜんぜん知りませんでした。今日、縁あって彼女の振り付けのこの舞台を見ましたが、まあ、わりに集中して観ることができたのが意外でした。振り付けと音楽と照明とでもって、止めようもない強くて激しい流れと、その流れに逆らうためのさまざまの小さくて弱くてかつ互いに矛盾しあう力のせめぎ合いや、力の貸し合い、あるいは打ち消し合いや、歩み寄りなどなど・・・が表現されていたような気がします。ぐーっと引き込まれるような流れが表現されていたかと思うと、その流れを否定するような動きやリズムが挿入されたりして、その寄せては返す不規則な繰り返しのせいで、なんとなく、緊張感を強いられたかな・・・。次はどうなるんだろう、今のこの流れも、このままではいかないだろうな、何か起こるんだろうけどそれはどこでなんだろう、とかなんとか自問するように、だんだんと仕向けられていくつくり、とでもいうところでしょうか。
 もっとも、こういう観方になったのは、絶対、事前に作品のコンセプトに係る情報が頭に入っていたせいなんだろうけど。まず、タイトルは、直訳すると「終末に逆らって」って意味ですよね・・・? そして、幕が開く前にこのマークス本人が出てきて、2分くらい、振り付けのコンセプトについて説明がありました。それによると、2002年、アメリカによるイラク戦争開始が叫ばれる中で着想された振り付けだそうです。タイトルと、振付師自身によるとっても政治的かつ具体的な情報が流されたあとで舞台を見たせいで、振り付けに、物語を読み込み易かったのだと思います。でも、それって、作品としてはどうなんだろう? 最初からタネアカシがされている舞台には、やっぱり、「圧倒」はされないな・・・。いやもっとも、そもそもわたしの解釈が正しいかどうかわからないんだけど。それに、今回はそもそも、UCLAの中のWorld Arts and Cultures専攻が、改築した小屋(この小屋、さすがUCLA、立派です・・・明日書きます)のこけら落としとしての上演だったから、作品としてどうこうというよりは、こけら落としのイベントの一部としての完成度が求められた、という事情も勘案しないといけないだろし。
 あ、あと、作品の「物語」どうこうという問題以外のことをちょっとメモっておくと、ダンサーは三人のみ。三人の身長が微妙に違うことを、うまく振り付けに生かしていたのがちょっと面白かった。あと、一人一人の技量はすごく感じたですね・・・。「流れに逆らう」がコンセプトのためか、わざとムリムリな味付けで振り付けされていた(ようにわたしには思えた・・・)箇所がたまにあって(例えば怪我しないかしらとちょっとぎくっとするような、ひざで着地する技とか)、その「ぎくっ」とする感じも、演出効果として折り込み済みなのかもしれないなどとも考えました。
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by la37_losangeles | 2005-10-23 11:36 | パフォーミング・アーツ

4.48サイコシス

e0079475_1451832.jpg4.48Psychose(4.48Psychosis)
written by Sarah Kane Directed by Claude Régy
Cast : Isabelle Huppert and Gérard Watkins
Octobre 7, 2005, Freud Playhouse, UCLA


舞台そのものは、とてもよかったです。もっとも、観るのにこんなに集中力を要した舞台も久しぶりでした。(右写真:劇場入り口の掲示板。公演ポスターが貼ってありました)
感想は、ほんとにいろいろあるんですが、あまりのネタバレも憚られるので(いかにこれが再々演であるとはいえ)、役者と、ライティングと、テキストとのコンビネーションから生じた効果について、一つだけ、書きます。それでも、ネタバレを一切望まない方は、お読みにならないほうがいいかも?

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by la37_losangeles | 2005-10-09 12:39 | パフォーミング・アーツ

PWG行ってみました

プロレスは、わたくし、はいもちろん、まったくの門外漢、初心者、無知の塊、別世界、です。それでも、アメリカにいるんだし、ものはためし、行ってみましょうよということで、PWGというやつに、行ってまいりましたよ。以下、ど素人のコメントです。細部ご容認のほど。
 わたしはあまりに素人過ぎで、言えることがほとんどないんだけど、それでも、コレだけは言えますね。「最初っから勝ち負けの決まってるものなんて、それってつまり八百長ってことでしょ、真剣勝負じゃないってことでしょ、テレビによく出てるレスラーが目白押しってわけでもないんでしょ、それに汗くさいしさ、どこが面白いの、とか、その程度の認識で行くと、びっくり仰天しますわよ奥様っ
 もともと決まっている筋書きのとおりの結末にたどりつかないといけないという制約がある上で、お客さんが、「うおーあっぶねえあの技!」とか、「おい○○○(悪役レスラーとかの名前)!きたねえぞ!」とか本気で叫ぶ気になる程度には、本気っぽく演出しないといけないってのは、よく考えてみると、すっごく大変なことだなあと、近くで見てて思ったですよ。これはこれでひとつの真剣勝負であって、プロの仕事が求められるのだなあ、と。もっとも、詳しい人が見れば、その演出が下手な人とそうでない人の差は激しいのだそうな。わたしはもちろん、その差はぜんぜんわかりまへんでした。
e0079475_2575066.jpge0079475_303768.jpg 左は題して、「きたない手段で勝って退場する悪役レスラーVS「ちょんなの、だめでちゅー!」と叫ぶLA版タラちゃん&タラちゃんのうしろで、それを嬉しく誇らしげにニコニコ見つめる、黒Tシャツ&スキンヘッドの波平さん」でございますわよ。そして右は、「ぐおおあああカメラ目線!」ってとこですわね。「ほんとはぜんぜん痛くねえんだけどさ、まあここはヒロイックに、いでええええぐおおおロッロープゥ・・・このヒロイックな、俺を、見てくれええ、みんなああっ」←実は伸ばした右手の先には、ビデオカメラが回っておりますのよ。
 ・・・それにしても、超マッチョな世界のことを話題にしてると、反動で、コトバ使いがむやみにフェミニンになってしまうわっ。なんか、そうでもしないとどうにもバランスとれなくて(汗)。
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by la37_losangeles | 2005-10-03 03:13 | パフォーミング・アーツ

イザベル・ユペール来羅!

ロサンゼルスに来ることを、来羅っていうんだね! ロサンゼルスが日本語で「羅府」だからか。ライラ・・・香坂みゆきの歌みたい・・・ってあれは「レイラ」です・・・すみません・・・子供心に彼女はすごく歌がうまいと思っておりましたわたし・・・「レッツゴーヤング」(だと思う)で聴いたドスのきいた「レイラあ~♪」覚えてますよ・・・香坂みゆきさん、また歌ってください、あなたの歌声好きでした。でも、子供だったわたしとっての「歌がうまい」は、今大人になったわたしにとってもSOなのかは分からないけど(←あ、やばい、こんどはシブがき隊の歌が頭の中でスタートしそうでコワイ)・・・。

--それにしても、ライラじゃなくて、キラとかライロって読むんだったら、なんか、やだな--

閑話休題。
UCLAに、来ます来ますよ、イザベル・ユペールが。サラ・ケインの「4.48サイコシス」を演りに。演出、クロード・レジにて候。フランス語上演で、英語字幕だそうな。パリのブッフ・デュ・ノールでやった演出(わたし見てないけどサ)がそのまま来るんじゃないかと想像します。さっそくチケット取りました。あと10日もすれば、ここに感想を載せることができるかな。
以前、機会があってこの作品の日本語リーディングを聴いたことがありましたし、しかも、今回はユペール&レジのを観られるというわけで興味深々。どんな演出なのか知りたくなって、ネットをちょいちょい調べてみましたところ、この作品をちょうど執筆中だったときのサラ・ケイン本人のコメントの抜粋記事を発見。1998年11月、大学生たちを相手に彼女が口にした言葉。少し興味が湧いたので、わたしのオボエのためにちょいとここに訳しておきます。試訳なんで、読み飛ばしてくださいー☆
今「4.48Psychosis」という作品を書いているところ。「Crave」と似ているところもあるにはあるけど、やっぱり全然違うわね。今回の作品では、精神病の鬱状態を扱ってるの。想像力の産物と現実とを隔てるものが一切なくなってしまって、夢と現世の区別がつけられなくなったときに、人間の精神には一体どんなことが起きるのか、ということね。
それにね、これは精神病のとても興味深い点なんだけれども、自分がどこまでで終わっていて、世界がどこから始まっているのかが、わからなくなってしまうの。だから例えば、わたしが精神病だとするでしょう? そうすると、わたしと、この机と、ダン(このときケインの相手をしていた学生であろう)との区別を、わたしはまったくつけられなくなってしまうってことね。つまり、全部がひとつづきになってしまうわけ。モノとモノとの境界が、崩れ始めるの。そしてわたしのほうも、自分から、なにか境界を崩そうとしてみるの。形と中身とが一つになっている状態を、どうにか押しとどめようとして。

サラ・ケインは、「4.48サイコシス」を書いた後、つまりこのコメントの約3ヶ月後に自殺するわけですよね・・・。また、劇評によると、「ユペールは、ケインになりきっていた」のだそうで・・・。どんな舞台なのか、わたしはすでにいろいろと妄想を膨らませています。
そうそう、このケインのコメントを引いた出典元のサイトに、おそらくはパンフレット等で使われたであろうイメージ写真みたいなのも載ってるんですけれど、なんかちょっと、今はやりのジャパニーズ・ホラー系みたい。でもこれ、有名な画像なのかもしれないなあ。わたし、知らないんだけど(爆)。
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by la37_losangeles | 2005-10-01 06:01 | パフォーミング・アーツ

all wear bowlers

all wear bowlers. Created and performed by Trey Lyford and Geoff Sobelle, directed by Aleksandra Wolska.
september 23-october 28, 2005, Kirk Douglas Theatre.
-以下ネタバレ有りです-

e0079475_252527.jpgロサンゼルス市の南側にあるカルヴァーシティー市に、カーク・ダグラス劇場という感じのいい劇場がある。座席数は、世田パブのシアター・トラムよりちょこっと大きいかな?という程度かと。この劇場については、またおいおいここできちんとレポートするとしてー。
 この劇場の2005-6シーズンの皮切りが、all wear bowlersという舞台。昨日24日、見に行ってきた。ニューヨークやらフィラデルフィアやら、全米をあちこち巡っているらしく、公演のオフィシャルサイトを見ると、劇評記事が満載なり。 (右写真:ちらし&サイトより)e0079475_3531810.jpg
 久しぶりで、舞台らしい舞台を見られてまずは嬉しかった。そして、けっこう、楽しめた。まず冒頭で、サイレント映画が上映されるんだけど、トーキー到来前のサイレントのタッチそのままの映像で、そこに描かれているのは、一本の木といい、チャップリンさながらの二人の放浪の紳士といい、いかにもベケットの「ゴドーを待ちながら」の世界そのままというところ。で、この二人が、どういうわけかスクリーンからはみ出し、劇場にいる我々観客と「遭遇」する、という設定。そして、彼らがわたしたち観客を眺めて遊んでいる間に、彼らの「正しい」居場所であるべき映像の世界が、フィルムが焼けたためにストップしてしまい、二人は「スラップスティック&マジカルな演劇界に取り残され路頭に迷う(ニューヨークタームズ劇評より)」ことになる。そのあと、わたしたち観客は、クラウンとしての彼らの芸を楽しんだり、彼らとわたしたちの次元のズレにまつわるギャグに付き合わされたりする。二人が「劇場」から逃げようとして舞台を降り客席を縦に跨ぎつつ非常口まで這い上がったり、前のほうのお客さんは舞台上に乗せられたり(←かならずしもやらせには見えなかった)、スポットやらフラッシュやらが客席に向かってカッと向けられたりするから、観客も、ただ漫然と座席に腰を下ろしていればいいわけでもなく、参加者意識を若干なりとも強いられる仕掛け。e0079475_3224152.jpgでも、劇場入り口には、「フラッシュ、銃声などを含みます」の張り紙が(写真)があって、観客がびっくりしないよう配慮がなされている。フラッシュだのストロボだのがあるって先に言っちゃうと、設定バレバレでつまんないのに、と思いつつ客席に座ったところ、客層(ワカモノ層少なし)を見て少々納得。心臓麻痺でも起こされたらそれこそ裁判沙汰ってことか。
 一言でいうと、品のいいシュールなヴォードヴィル、というところ。アイディアじたいに新奇なものは特段なかったけれど、見ててほっとした、なんか。何にほっとしたかというと・・・。なんというか、先人にたいする敬意みたいなものが前提にあるからではないかと思う。スクリーンから抜け出るとか、マジックをギャグっぽく使ったりとか、最後のほうで舞台上の緞帳全部落としてバックステージ丸見えにするとか、人形ぶりとか、特撮映画のキャラのパクリとか、いろいろな手法があったけど、そういうの全部、嫌味なくきっちりギャグとして成立させている裏側には、もとあるいろいろなジャンルの表現芸術への敬意と理解、それからその敬意を表現できるだけの芸があるってことで、それが、古い人間であるわたしには、心地よかったんだと思う。
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by la37_losangeles | 2005-09-26 03:56 | パフォーミング・アーツ